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09/02のツイートまとめ 

ichiro_sakaki

以前、自主製作映画を作っていた時に、仲間の一人が書いてきた脚本がありまして(戦争もの)。主人公の傭兵が、どんな場面でも延々、自動小銃を「単射」で撃つんですよね。
09-02 23:59

 なんというか、意外に多いんですが――リアリティを「どれだけ現実に即しているか」だと考えている人が多い。
09-02 23:58

まあ視点はこんな感じで。ついでにもひとつ。リアリティの話。
09-02 23:57

日記的な書き方が行き着くところまでいけば、「一人称は僕、なんて言う必要無いよね」と消えてしまうのかもしれません。ある意味で論文や新聞記事の文章に近いんですが、その一方で文章に「事実に対する感想」が混じるので「で。これ誰の意見?」と混乱する。
09-02 23:56

ちなみに先の「視点が無い」文章も、意図的にやってるならアリなんですがね。ただ、読みにくさとはかりにかけると、あまりお勧めはできないなあと。私は数ページ読んで、本気で目眩がしました。
09-02 23:55

つかフォロンでハードボイルドとかやる時点で激しく無理があるなw
09-02 23:53

馬鹿馬鹿しい。フォロンは思う。目の前には酔っぱらった女。コーティカルテ。しかも見るからに不機嫌そうなのは一体何の冗談か。しかも何か言いたそうな表情までしているときては。<ハードボイルド調?
09-02 23:53

あまり自信無いけどこんな感じ?
09-02 23:52

つかハードボイルドっつーと、どうしても私は一人称視点を連想しちゃいますがね。「マックボラン」とか「デスマーチャント」とか「デストロイヤー」とかも読んでた筈なんですが。どうしても「長いお別れ」とかその辺のイメージが。
09-02 23:51

@red0stuff ハードボイルドな文体は、単に、突き放している様な感じがあるだけですし、読者が理解する上で、「主にこういう視点から見ろ」というのは明示黙示はさておき、備わっている場合がほとんどかと。
09-02 23:50

「で、これを語っている『僕』なり『俺』なり『私』なりの説明はいつ出てくるのだ?」と思って読んでいると、何ページめかで、実は三人称だったと分かる、みたいな。
09-02 23:49

ちなみにその「視点が無い」文章は、はなはだ概念的な言い方ですが――「一人称小説から、一人称そのものを一切取り除いたもの」と思って貰えると、分かり易いかも。
09-02 23:48

とりあえずこんな感じ。どうにも曖昧ですが――ごめん、この辺で勘弁。やっぱり一定量の具体例が無いと分かりにくい。以前、教え子の小説で「視点が無い」という極端なのも見た事があるんですが、あれの異様さは、多分、ここでは伝えられない。
09-02 23:45

これを、細かい部分いじってさっきのフォロン三人称に変換する、位の感覚でいれば、視点はまあ、揺れませんわな。どうしても視点に関して自信がない場合は、こういう事もやれます、という。明らかに効率悪いけど。練習ではありか。
09-02 23:43

馬鹿馬鹿しいと僕は思うんだ。だって僕の目の前には酔っぱらったコーティが居て、もう見るからに不機嫌そうで、しかも何か言いたそうにしているのだから。<フォロン一人称
09-02 23:42

まあ元々この駄々流しの呟きの基本コンセプト、「新人賞に応募する人向けの支援」みたいな考え方に立ち戻れば、個人的には「本当にめんどいから、基本、固定しときなさい」ですw 極論、各シーンを一人称で書いた上で、三人称に直す位の感覚で(実際にやるとめんどいですから、あくまで感覚ね)
09-02 23:41

いや、マジで視点の話は難しいんで、説明本当にしにくいんですけどね。最終的に「視点とは読者が、物語を理解する上で必須」→「だから読者を混乱させないのが第一義」→「混乱させずに済むとはっきり意識できているのなら、多少の移動や神視点も御して使う事が出来る可能性が高い」こんな感じですか。
09-02 23:39

ただ、実際にはこんな細かい事を、一文一文で意識して書くのは大変なので、「固定しておいた方が明らかに楽」「揺れるくらいなら最初から固定しとけ」みたいな話になるわけですね。
09-02 23:36

なので、神視点の場合は、『どの順番で読者に情報を提示すると、目論見通りに理解して貰えるか(ミスディレクションも含め)』――つまりは『どういう演出をどういう順番で並べるか』を理解していれば、どこまでやっていいのか、やるべきでないのか理論的には判断がつく、と。
09-02 23:36

自分の中で何らかの線引きをしておかないと、ついつい「書きやすい方法で書いて、読者を混乱させる」事になってしまう。
09-02 23:32

こうなってくると、明確な一線が引きにくい。だからこそ「基本は場面ごとに固定」ですし、「一人称はだから書きやすい」訳ですし、逆に言えば「一人称は主人公以外の内面を極めて描写しにくい」し、「細かい部分は物語を読者に提示する上でのわかりやすさ優先」と
09-02 23:32

では何処まで登場人物の内面を神様はのぞくのか――というと、これはもう、作品の中身やその人の作風による訳で。もっと言えば、演出上、この時点で出したくない内心の情報は出さない、とか、そういう部分で使い分けるしかありませんね。
09-02 23:30

登場人物の内面をきめ細かく描写するには、やはり強いのは小説ですしね。
09-02 23:29

神視点も、ある意味、「映画のカメラと同じ」と決めてかかれば揺れる可能性は少ないんですが、その場合、登場人物の内面に入りにくいので、以前言っていた「小説の強み」を何割か放棄しちゃう事になります。
09-02 23:28

日記的に、口語的に書ける、という事も含めて、一人称視点の小説が「書きやすい」と言われるのはその為です。
09-02 23:27

勿論、一人称の場合は全編にわたって視点が固定される(一人称の対象人物が章ごとに変わるものもありますが、その場合でも、一つの章では固定が基本)ので、あまり視点揺れの問題は生じません。
09-02 23:26

だから「基本は視点固定」>「神視点の場合の移動は分かり易く、回数を減らして。往復はもってのほか」>「視点いどうしまくり、戻りまくり、大混乱」こんな感じですか。
09-02 23:25

まあそんな泣き言はさておき。 先の「明らかに移動したと分かり易い」文章になっていれば、読み手はあまり違和感を感じません。しかし、その場合でも、AからB、BからAと、何度も往復してみたりすると、さすがに読者も混乱してきます。「揺れ」と言われる所以ですな。
09-02 23:24

短い文章でやると尚更w
09-02 23:22

いや、真面目な話、故意に揺らした文章書くのって難しいんですよ、これがw 普通に文章を書くのが当たり前になってるから、文章として成立しない狂い方をさせる方が、感覚的にこっちまできつくなってくるというかw
09-02 23:22

ただし、四番目みたいな文章でも、読めない事はない。これは、二番目とどう違うのか。端的に言えば、明らかに「視点移動しますよと言わんばかりに文章を区切っている」から。
09-02 23:19

他の人も言ってますが、基本的には「固定」が一番分かり易い。
09-02 23:19

馬鹿馬鹿しいとフォロンは思った。何故なら彼の目の前には酔っぱらったコーティカルテが居て、しかも不機嫌だったからだ。ちなみにコーティカルテ本人はというと、実際、この際だから一言フォロンには文句を言ってやろう、と思っていた訳だが。<神視点
09-02 23:18

馬鹿馬鹿しい、とフォロンは思った事だろう。なぜなら彼の目の前には酔っぱらった契約精霊が居て、しかも見るからに不機嫌そうで・・・・実際、コーティカルテはこの際、フォロンに言っておきたいと思う事が在ったからだ<コーティカルテ視点
09-02 23:16

馬鹿馬鹿しい、とその時フォロンは思った。なぜなら彼の目の前には酔っぱらったコーティカルテが居て、しかも不機嫌で、フォロンに対して言いたい事が在ったからだ<フォロンとコーティカルテの間で視点が揺れている
09-02 23:15

 馬鹿馬鹿しい、とその時フォロンは思った。なぜなら彼の目の前には明らかに酔っぱらっているコーティカルテが居て、しかも見るからに不機嫌そうで、フォロンに対しても何か言いたい事があるみたいだった。<フォロン視点
09-02 23:14

やっぱ具体例書かないとダメか。
09-02 23:11

@kouseiy 視点の統一されていない文章をツイッターで書くのって難しいんですよねwだからあんまりこの話してこなかったんですが。
09-02 23:11

要するに「揺れてませんよ」という表示ねw
09-02 23:09

でも、神視点はAの内心もBの内心も描けるから(神様は全知)、その場合は「揺れている」のと区別がつかなくなる。逆に言えば、A視点、B視点、ではなく神視点であったとしても、逆に「早い段階で神視点であると読者に提示する」方が、読み手はスムーズに自分の『角度』を決められて読みやすい。
09-02 23:08

仕方なく「神視点だろう」と考えて読み続けていって、途中でA視点と分かる、とかそういう状態になると、読み手は、一度、既に固まりかけていた「物語を見る角度」をリセットして、状況を思い返しながらもう一度読まねばならない(実際に文面を追うかどうかはさておき)。
09-02 23:05

つまり、視点が何処にあるのかを分からない状態で延々文章を進めると、場面を何処からどう見れば良いのかさっぱり分からず、頭の中に情景を組み立てる取っ掛かりすら無いという状態になってしまう。
09-02 23:04

Aというキャラにカメラとして視点を据えて固定する場合には、基本的に、比較的早い段階で「これはAの視点ですよ」と分かる様な、表現を入れておかねばならない。これが分からないと、揺れていなくても、非常に読みにくい。視点を何処に置くべきか、大抵の読者は早々に決めて文章を読んでいくから。
09-02 23:03

ただし、世の中には前述の通り神視点の小説もあるからややこしい。
09-02 23:02

Aというキャラの内面を一度でも書いたら、Aの内面や、Aの五感で把握出来る事は断定的、確定的に書いても良いけど、Aには知りようが無いものについては必ず「だろう」とか「のようだ」とか推測混じりの曖昧さを添えて、揺れるのを回避する。
09-02 23:01

基本的に一番簡単に視点を揺らさない様にするのは、視点を「カメラ」と考えて、一つのシーンではそれを固定するという方法。実は私は基本的にコレにしてます。細かい部分で悩まなくて良いから。
09-02 23:00

どういう状態だと、「読みにくいか」を考えて、それをやらないようにすればいい。
09-02 22:59

では更にここから考えて。
09-02 22:59

@kouseiy 視点が揺れると、なんというか、微妙に気持ち悪くて、作品世界が遠い感じがするんですよね。まあ感覚なんですけど。<感情移入の阻害
09-02 22:58

逆に神様(作者)が、そういう考え無しに、思いつくままに適当に書いた結果として、あちこち視点が飛んで回って「一体どういう風にこの小説を読んで良いのか分からない」と読者が混乱する様なのは、「視点揺れである」としていい。
09-02 22:57

神様が適宜、読みやすくする為に――つまりは読者により作品世界を理解して、入り込んで貰い易いようにと考えて敢えてやっている場合は(そしてその効果がある場合は)、問題が無い。
09-02 22:56

当たり前っちゃ当たり前なんですが。逆に言えば、「読みやすい場合は、それは視点揺れ、ではなく視点移動に過ぎない」訳で。
09-02 22:55

つまりですね。視点が揺れたらなんでいけないのか? どんな風に揺れたら、視点揺れとして問題になるのか? そういう処からむしろ考えれば、「視点が揺れたら読みにくいから問題になる」だけの話ですわいな?
09-02 22:54

そう考えると、視点という考え方も、そこから読み解けないだろうか、と。
09-02 22:53

つまり。ありとあらゆる文章技法は結局のところ、「読んで貰う」為にある訳で、今まで私がごちゃごちゃ垂れ流してきたのも究極的には同じ。
09-02 22:52

読んで貰えない小説はただの妄想であり、存在していけない訳ではないけど、存在する価値は、作者本人の満足以外には無い事になってしまう。
09-02 22:52

そもそも小説とは読者に読んで貰う為のものであって、極論するとそれ以上でもそれ以下でもないんですな。しばしば、「小説を書く上で、奥義みたいなのはありますか?」と問われると、私が「自分の文章の向こうに読者をきちんと見る事」と答えるのは、そのせい。
09-02 22:51

根本的な処に戻って逆から考える。
09-02 22:50

でもって、視点揺れの話をすると「えーと。俺自信無いんだよね」というプロのラノベ作家もちょこちょこ居たりする。
09-02 22:49

自慢じゃないが私の文章だってデビュー直前のも思いっきり揺れてた。
09-02 22:48

でまあ、大抵の人が、これを純然たる技術とか文法とかで理解しようとするからややこしい事になる訳で。特に書き慣れていない(自分のスタイルが確立していない)人は、この視点がそりゃもう、揺れる揺れる。
09-02 22:48

あるいは「なんで視点揺れはイケナイ事として言われるんだ?」と。
09-02 22:47

じゃあ――とここで大抵の人が引っかかる。「視点揺れってなんだよ?」と。
09-02 22:47

それが心の中だろうが、遙か離れた場所の話であろうが、自由自在に書いてもいい。
09-02 22:46

では視点は常に誰か登場人物に据えれば良いか、というとそうでもなくて、神様視点というか、誰の心の中でも覗いて書いちゃう視点も存在する。この場合は、なんせ神様(=作者)なもんだから、その物語世界の事象は全て把握している訳で、
09-02 22:46

例えば主人公の内面が地の文に書かれていれば、それは大概が主人公の視点でその場面を語っている事になる。逆に主人公の何かの行動を「Aはこう思って笑ったのだろう、多分」みたいな書かれ方をしていると、主人公の内面を想像で補って書いている以上、主人公以外の誰かの視点になる。
09-02 22:44

まあこれは、以前チョット書いた、「起承転結」の部分にも絡みますが、読者としては、「誰の視点で、どうその世界を見るか」をその文章の早い段階で理解出来なければ、非常にその小説を読みにくいのですな。
09-02 22:42

基本的に、小説というものは以前にも示した通り、「言葉を連ねて語る」以上、誰かの視点に寄りかかっている。それが主人公なのか、主人公を含めた全ての登場人物を俯瞰する神の視点なのかは様々だけど、とにかくその「視点」という概念が、小説には在る。
09-02 22:41

実は私もいまいち「コレ」という明確なラインを持たずにやっているので、これを機にちょっと根本的なレベルで考えてみる。
09-02 22:40

以前、渡瀬さんが視点の話はしておられたし、実際にあれがかなりまとまっていて分かり易いので、細かい部分はそっち見て貰った方が良い、とか勝手に責任転嫁するとしてw
09-02 22:39

視点揺れ、という言い方が在る。要するに小説を読む上で、仮想的に想定される「視点人物」が、コロコロ変わってしまう為に、読者が混乱して読みにくいタイプの文章を指す訳ですが。これ、意外に知らない人も多いのな。
09-02 22:39

毎度のごとく、以下の話は「榊の個人的な意見と解釈」なので、おかしいと思ったらスルーの方向で。
09-02 22:38

知っている人は知っているけど、知らない人はまったく知らない、視点揺れの話。まあ人称とも無関係ではないが。
09-02 22:37

あ、ごめん、人称じゃなくて視点。視点揺れとかその辺の話。
09-02 22:36

某編集部の担当さんに「次は人称の話をやれ」とか言われた。や・・・やるの? つか、人称の話はプロでも実は難しくてきっついんだけどなあ、と言ったら「だからやるべき」とか言われたり。
09-02 22:36

ようやくエアコンつけなくても扇風機でなんとかなる気温になった・・・? いや、油断はすまい。
09-02 11:57

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